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2008年1月14日 (月)

たくさんの声で政治が変わる

下庄駅から松坂を降りて亀山安濃線との交差点に、住民の悲願の信号機がついて1ヶ月がたちます。自治会、コミュニティがそれこそ一丸となって、信号機を設置せよと働きかけていただいたおかげで、こどもたちも安心して登下校ができるようになりました

。話は脱線しますが、今日は街頭宣伝にでていて、国政のこともお話ししていたのですが「国民の声が政治を変える、そんな状況が作られてきました。」という言葉を心を込めて語りました。この信号機のこともそんな状況を表すひとつだと思うからです。

初めて県の担当部に行ったときは「信号機の要求があることもきいていない、計画の予定もない」といわれびっくりしました。しかし信号がつくまでの安全策を一生懸命考えていただきました。

警察署に話をしに行ったとき、警察の方はまず「信号機をつけることによって車の流れがどうなるか、かえって渋滞するようなことになっても…」と言われました。「車の流れより歩行者の安全が優先でしょう!」と違和感を覚えたのを思い出します。(結果的には、歩行者だけでなく、車も安心して通行ができるようなったなと感じます。)

また、信号機の要求の多さ、かかる費用から、県の財政上亀山市には年間に一機つくかつかないかであるという話もありました。しかし市民の窓口として話を聞いているとき、県の財布の心配をする必要はないし、その立場でもないと思います。

市役所の担当部に行ったときは、「ああ。あそこは危ないですよね。」と共感していただいたのがとてもうれしかった。そんな思いのたくさんの方がいろんなかたちで声をあげてくださったのだと思います。

その後、議員になりましたが、私にとって、市民の目線を忘れずに力を尽くしていきたい、という気持ちを奮い立たせてくれる記念碑のような信号機となりました。

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